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  • K.I

「霊的成長を日常生活の中に求めて」の投稿文によせて

「霊的成長を日常生活の中に求めて」の投稿文によせて、

まさしく的を射た文かとおもいます。

宗教でいうところの教理や修行を重視するあまり、

宗教の目的である、生きとし生けるものへの利他愛が

疎かになってしまっている面もあるのです。

つまり、目的と手段が入れ替わり、

手段が目的となってしまっているのです。


そこで、その「愛」について考えてみたいと思います。

「愛」は感情ではなく、「意志」であると言われます。

仏教では、「六波羅蜜」という修行の中の、

「布施波羅蜜」や「忍辱波羅蜜」が愛の修行に当たり、

愛の実践修行の重要性を説いています。

また、聖書においても、

「右の頬を打たれるなら、左の頬も出しなさい」

「下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい」と記されています。

仏陀もイエスも、「愛」の実践の重要性を説いており、決して感情からではなく、

理性的な意志から発露されるものであることを説いています。

極端な言い方をすれば、

I want to 愛の実践ではなく、I must to 愛の実践 と言えるのかもしれません。(k.I)                        






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